かくてもあられけるよ

今日も調子が悪くて、うだうだだらだら休日を過ごしました。

午前中、ミニバラの植え替えをしようと思いたち、
ちょうど良い植木鉢を探して庭を徘徊してみました。

我が家の庭は、富山県の田舎にあることを考えても、かなり広い方だと思います。
しかも、全然手入れが行き届いていないので、
庭というか、むしろ森。

そんな森の中をよく見てみると、小さな発見が色々あります。

生き残り競争に負けたとばかり思っていたノウゼンカズラがひっそり生きていたり、
ムクゲのこぼれ種が見当違いな場所で芽吹いていたり、
廃材の下敷きになって瀕死のギボウシがけなげに花芽を付けていたり。

そんなふうに、植物たちの営みを見つけるたびに、
なぜか「かくてもあられけるよ」というフレーズが頭に浮かびます。

中学校の頃、国語の授業で習った『徒然草』の第11段。
「神無月の頃、栗栖野といふ所を過ぎて・・・」という出だしのエピソードで出てきたこの言葉。
当時の私には、「あられけるよ」と言う響きがすごく不可解でした。
教科書には「*かくてもあられけるよ=このようにしても生きていけるのだなあ」という注釈が載せてあったと思います。
でも、「このようにしても生きていける」という現代語訳も、イマイチ意味が分からない・・・。
それが凄く不満で、一人でずっと悶々としていた覚えがあります。

だからこそ、かえって強烈に、記憶に残っているのでしょうね。
それ以来、自分の思いがけない場所で、思いがけない生命の営みに出会った時、
「かくてもあられけるよ」が頭に浮かびます。

こんなところで、こんなふうに生きている。
こんな生き方があるのか。
こんな様子でも立派に生きていけるんだ。
それを発見した時の驚きと感動。
「かくてもあられけるよ」

しかしこのニュアンスで正しいのかどうか、それは今もって分かりませんけども。
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